東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)179号 判決 1984年10月25日
原告 日本真空技術株式会社
右代表者代表取締役 林主税
右訴訟代理人弁理士 八木田茂
同 浜野孝雄
同 森田哲二
被告 特許庁長官志賀学
右指定代理人 弓田昌弘
同 佐藤峰一
同 篠崎正海
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和四七年審判第三二二九号事件について昭和五五年五月七日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文同旨の判決
第二請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四三年一一月二九日、名称を「回転翼型真空ポンプ」(後に「ゲーデ型油回転真空ポンプ」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和四三年特許願第八七四八九号)をしたところ、昭和四七年一月一四日拒絶査定があったので、同年五月二五日審判を請求し、昭和四七年審判第三二二九号事件として審理され、昭和五〇年四月二六日、出願公告(特許出願公告昭五〇―一一〇九〇号)されたが、昭和五五年五月七日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月二七日原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲の記載
比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、10-3トル(Torr)以上の高真空を得るためのモータ直結駆動の高速回転ゲーデ型真空ポンプ。
(別紙図面(一)参照)
3 審決の理由の要旨
(一) 本願発明の要旨は、その明細書(昭和四九年一〇月二一日付全文補正明細書、昭和五〇年一一月一七日付補正書)と図面(昭和四九年一〇月二一日付補正図面)の記載からみて、「比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、モータ直結駆動の高速油回転ゲーデ型真空ポンプ」にあるものと認める。
なお、その特許請求の範囲には、本願発明の真空ポンプの目的が記載されているので、その目的を削除し、また、出願公告時の特許請求の範囲には、ゲーデ型真空ポンプの型式を油回転式としているのに対し、補正後の特許請求の範囲では単に回転式としているが、ゲーデ型真空ポンプは油回転式真空ポンプに分類されることが明らかであるので、回転式真空ポンプと区別する用語を追加して、その要旨を認定した。
(二) ところで、特許出願公告昭三二―四六二九号特許公報(以下「引用例」という。)には、合成樹脂よりなる翼を有する回転式真空ポンプ(別紙図面(二)参照)が記載されている
(三) 本願発明(前者)と引用例記載の回転式真空ポンプ(後者)を比較すると、両者は、鉄より軽い材料よりなる翼を有することを特徴とする回転式真空ポンプである点において一致し、前者が鉄より軽い材料を比重が〇・八ないし五よりなる材料とし、回転式真空ポンプをゲーデ型油回転真空ポンプとし、またポンプをモータ直結駆動として高速回転させたのに対し、後者が鉄より軽い材料を合成樹脂とした点で相違する。
両者の相違点を検討すると、合成樹脂は比重が〇・九ないし二・二の材料であることが明らかであるので、前者の比重〇・八ないし五の材料のなかには、後者の合成樹旨が含まれるので、両者の翼材料のなかに同一のものが存在する。次に、後者の回転式真空ポンプと前者のゲーデ型油回転真空ポンプとは、回転中遠心力がかかる翼をもつ点で一致しているので、後者における翼を合成樹脂で形成するという技術的手段を前者のゲーデ型油回転真空ポンプに転用することは容易にしうる程度のことであり、それにより格別の作用効果を奏するものと認められない。また、前者の真空ポンプをモータ直結駆動として高速回転させることは慣用の技術的手段にすぎない。
(四) したがって、本願発明は引用例記載の回転式真空ポンプから容易に発明をすることができるものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定に該当し、特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決は、本願発明の要旨の認定を誤り、かつ、本願発明と引用例記載の回転式真空ポンプとの相違点の判断を誤った結果、引用例記載の回転式真空ポンプにおける翼を合成樹脂で形成するという技術的手段を本願発明のゲーデ型油回転真空ポンプに転用することは容易にしうる程度のことであり、それにより格別の作用効果を奏するものと認められないとの誤った判断をしたものであり、違法であるから、取消されるべきである。
(一) 本願発明の要旨の認定の誤り
(1) 本願発明の要旨は、特許請求の範囲に記載のとおり、「比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、10-3トル以上の高真空を得るためのモータ直結駆動の高速回転ゲーデ型真空ポンプ」である。
従来のゲーデ型油回転真空ポンプは、回転翼は鉄を主体とするものであって、大体五〇〇rpm(revolutions per minute)程度で用いられていた。高能率(小型軽量で大きい排気速度)でしかも到達圧力の低い高真空ポンプを得るために回転数を上げると、油膜切れが起り、摩耗が急激に増加し、焼付きを起す恐れがあり、所望の到達圧力に達しない。本願発明は、「焼付く恐れなく所望の到達圧力を得る高速回転の真空ポンプを得ることを目的としている。」(本願発明の昭和四九年一〇月二一日付全文補正明細書第二頁第一一行ないし第一三行)
ところで、真空ポンプの場合、回転数を上げることによる摩耗と焼付きを防止するため給油量を増すと、ガス放出量が真空中では増大し圧力を低く押えることができなくなる。例えば、油中に含まれる常温大気圧で六ないし七%の空気などのガスは、10-3トルのポンプシリンダ中に入ると、その容積は七六万倍となってポンプの到達圧力性能を著しく損う。「したがって、真空ポンプの回転数を上げるには、翼の比重を小さくすることが非常に重要となる。翼の比重を小にすることにより、前記の種々の問題は軽減又はなくされ、良好な性能を維持することができる。」(同第六頁第三行ないし第七行)
この翼の比重とポンプ油温及び到達圧力との関係については、普通の真空ポンプの回転速度である五〇〇rpmからモータ直結の高速回転速度である一七五〇rpmまでの種々の回転速度で運転した実験結果を示した別紙図面(一)第4図によると、翼の比重の最大はポンプの油温八〇度Cから制限され、比重が五以下(斜線範囲Aの点a)が必要であり、また、ある回転数でポンプを運転し、翼の比重をある範囲より小さいものとすると、翼が油膜の上を浮き上った状態となり油膜の気密力が弱められ、したがって、圧縮流体の逆流が起り到達圧力が悪くなる(例えば、翼の比重が〇・八以下では10-3トルより到達圧力が悪くなる)ことが明らかである。「したがって、あまり比重の小さいものは、この到達圧力から制限を受け、JIS原案による第三種の油回転真空ポンプ(高真空用)の到達圧力である1×10-3mmHg以下の圧力にするためには(第4図の点b参照)比重が〇・八以上であることが必要である。」(同第七頁第一九行ないし第八頁第四行)
前記のように焼付く恐れなく所望の到達圧力を得る高速回転の真空ポンプを得ることを目的とした本願発明は、翼の比重を小さくすることを重要な要素と考え、実験結果により、ポンプ油温が八〇度C以下でかつ到達圧力がJIS原案による第三種の(高真空用)油回転真空ポンプの到達圧力である10-3トル以上の圧力にすることを必要条件として、翼の比重を〇・八ないし五の数値に選定したものである。
このように、本願発明の要旨の一つである「比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼」は、特にその下限数値については、「10-3トル以上の高真空を得ること」を必要条件としており、この必要条件とはとりもなおさずJIS原案による第三種の(高真空用)油回転真空ポンプそのものを意味している。したがって、前記のように本願発明の要旨の一つとして翼の比重値を限定するとともに、その前提となっている真空ポンプの型式をも特定することは、本願発明の要旨をより明確にするものである。
しかるに、審決が特許請求の範囲に記載された「10-3トル以上の高真空を得るための」との部分を単に目的を述べたものであるとして、これを除いて本願発明の要旨を認定したのは誤りである。
(2) 被告は、本願発明の目的を達成するために必要不可欠の技術的手段は、「ゲーデ型油回転真空ポンプをモータ直結回転する場合、その翼の材料の比重を〇・八と五の間のものとする」ことであると主張する。
しかしながら、「ゲーデ型油回転真空ポンプ」というのみでは、10-3トル以上の高真空分野であるJIS規格第三種の油回転真空ポンプにおける技術的課題を解決した本願発明の対象とする基本構造を正確に表現したことにはならない。
JIS規格第三種の真空ポンプは、本願発明の出願当時、JIS原案として最高の到達圧力を有する油回転真空ポンプであって、最高の工作精度と組立技術の外、真空処理した蒸気圧の低い特殊な真空ポンプ油などを用いてはじめて実現できたポンプであり、普通のゲーデ型油回転真空ポンプとは構造的に区別されており、機能(作用効果)の面においても差異がある。すなわち、このような高真空では、気体分子はゲーデ型ポンプに対しては全く分子流として動作するため、回転数の増大などによって温度が上昇すると、これによって発生した新たな空気や油の蒸気分子は大量かつ容易にこの高真空空間へ進入し、高真空状態が急速に破壊される。したがって、このような高真空下においては、特にポンプ回転速度と到達真空度を維持しながらなおかつポンプの回転数を増加させることは至難であったが、これを解決したのが本願発明である。
ところが、被告が必要不可欠の技術的手段として主張する「ゲーデ型油回転真空ポンプをモータ直結回転する場合、その翼の材料の比重を〇・八と五の間のものとする」事項の中には、本願発明の第一の特徴とする高真空(10-3トル)なる構成要件が全く含まれていない。
特許請求の範囲における「10-3トル以上の高真空を得るための」なる文言は、本願発明の第一の特徴の一つである高真空下で作動するポンプであること、すなわち、JIS規格第三種の油回転真空ポンプに属するものであることを限定して明確にしたものであって、その表現がたまたま目的を表現した文言に似ているからといって発明の要旨から除くことは許されない。
被告は、特許請求の範囲中の「ゲーデ型油回転真空ポンプ」は本願発明の目的からして、JIS規格第三種のポンプであることを間接的に表現していると主張するが、審決においては、発明の要旨認定に当り、10-3トル以下の圧力を得ることを目的とみなし、本願発明の「ゲーデ型油回転真空ポンプ」を高真空、低真空を含むすべてのものと認識している。このことは、審決においては10-3トルより低い到達圧力を得るポンプについては何らの判断もされておらず、低真空のゲーデ型真空ポンプと認識し、全く技術分野の異なる空気送風機をそのまま真空ポンプとして使えると単に記載された引用例の低真空用のロータリーポンプとの対比が論じられていることから明らかである。
(二) 相違点に係る判断の誤り
(1) 真空ポンプの構成、作用効果について
引用例には、引用例記載のポンプは、真空ポンプにも実施することができる旨の記載があるが、当業者にとっては、送風ポンプを主目的としたポンプの発明を真空ポンプに用いたとしても、その真空度はきわめて悪い値(恐らく数百トル以下)しか実現できず、例えば、真空掃除機等の真空度を対象としているものと考えられる。そして、引用例記載のロータリーポンプは、本願発明のように油の流入を極端に少なくするための構造を有せず、また、油槽から内部ヘシールと潤滑を目的として流入される油回転真空ポンプの構造は全く記載がなく、その示唆もなく、単に回転機械としての潤滑をしていることが想像できるのみである。したがって、高真空ポンプ分野の当業者は、引用例をみても、単なる送風機を槽の排気側に連結してできる数百トルの減圧状態を実現できる程度のものとしか理解しない。このことは、例えば、引用例記載のロータリーポンプの排気管13には空気の逆止弁や、その無効空間を埋める油の存在する認められないこと、油槽をシリンダの上部に設けてシリンダと翼間の潤滑とシール作用をさせている痕跡すらないことから明らかである。
更に、本願発明と引用例記載のロータリーポンプとは、翼(羽根)とシリンダ(ポンプケーシング)内面との接触部の態様においても異なっている。すなわち、引用例記載のロータリーポンプでは、主として羽根先端とポンプケーシング内面との接触による焼付防止作用に重点が置かれているのに対し、本願発明では、潤滑の外、羽根先端部や排気弁部でのシール作用が重視される。そのため、引用例では、自己潤滑性を有する材料で羽根を構成すれば、潤滑油は必ずしも必要ではないが、本願発明では、真空達成のために油が必要不可欠であり、真空処理した蒸気圧の低い潤滑油を少量ずつポンプ内に流入させて、該油からの放出ガスを押えながら潤滑とシールを受持たせ、更に、排気弁部に存在する前記無効空間(翼で掃引できない空間)を該油で充満させることで、僅かな空気を細かい泡粒として該油の中に浮かばせ、該空気が吸引側へ逆流してシリンダ内で膨脹するのを防いでいる。
このように、引用例記載のロータリーポンプと本願発明のゲーデ型油回転真空ポンプとは、構成及び作用効果において著しく相違している。
被告は、本願発明では、潤滑の外にシール作用が重視されるという原告の主張に対して、そのシール作用を翼とポンプ壁との間のシール作用に限って、本願発明と引用例記載のロータリーポンプとの差異を論じているが、被告の主張は、排気弁部のシール作用を無視するものであり、本願発明が10-3トルより低い到達圧力を目的とするゲーデ型油回転真空ポンプに関するものと認識していないことを示している。
(2) 翼の材料の比重について
引用例記載のロータリーポンプと本願発明とでは、前述のとおり、構成及び作用効果において著しく相違するから、引用例記載のポンプに潤滑用の油が使用された場合でも、羽根先端とケーシング(シリンダ)内面との接触部に形成される油膜の状態及び該油膜の厚さに影響を及ぼす羽根(翼)の材料の比重の意味についても、両者に差異がみられる。
すなわち、本願発明では、油膜は所望の真空度維持のため、必要最小限の厚さに維持しなければならず、そのためシリンダ面を押す翼の遠心力などによる押圧力を適度の大きさに軽減するために、翼の材料の比重に着目し、種々の実験結果から、〇・八ないし五の比重の範囲にあることで解決したものである。更に正確にいえば、翼とシリンダ面との押圧力は、接触部の単位面積当りの遠心力すなわち圧力で論ずべきであり、単に翼全体が軽量であればよいということではない。比重が〇・八ないし五ということは、正にこの接触部の単位面積当りの圧力を、高回転時でも適度の値にして、油膜が切れない範囲で必要最小限の厚さを維持し、低速時と同様に、円滑なシールと潤滑を維持させて高真空を実現させているのである。
これに対して、引用例には、羽根を合成樹脂などで作ることを目的として「軽量にするため」と記載されているが、引用例記載のロータリーポンプは、遠心力の軽減手段として羽根を軽量にするとともに、羽根に尾翼を連設してこれにバランスウエイトを装着しており、これに働く逆遠心力で回転による遠心力を相殺させる構造をとっているから、羽根を合成樹脂で形成したとしても、バランスウエイトの大きさの如何により遠心力が更に減少されて、羽根全体の実質的な比重(等価比重)が合成樹脂の比重〇・九ないし二・二より大幅に減少されたものと等しくなるので、このような羽根を本願発明の翼にそのまま適用したとしても、別紙図面(一)第4図の性能曲線からみて、所望の到達圧力が得られる保証はない。したがって、たとえ引用例記載の羽根に合成樹脂が使用されるからといっても、バランスウエイトと組合せて使用され、遠心力軽減手段の一部としてのみ機能しているにすぎない以上、引用例記載のロータリーポンプから羽根を合成樹脂で形成するという技術的手段のみを取り出して、本願発明のゲーデ型油回転真空ポンプに転用して比重の数値範囲を決めることは、きわめて困難で予測し難いことといわなければならない。
被告は、遠心力によって生じる翼の圧接力についての技術的課題は、本願発明と引用例とで同一であると主張するが、本願発明は、従来公知の型式のゲーデ型油回転真空ポンプにおいて、これをモータ直結で高速回転し、しかも、羽根端部と排出弁部の潤滑とシール作用を行って高速回転しても10-3トルより低い到達圧力を得るように、翼の材料の比重に着目して、その上限と下限を定めたものであり、引用例には、翼を軽くする以外の着想はなく、上限下限など全く考えてもいないのであるから、ロータリーポンプにおいて、翼を合成樹脂で形成することが引用例に記載されているからといって、引用例記載のロータリーポンプが本願発明と同様な作用効果を奏することを期待することは不可能であって、被告の主張は理由がない。
第三被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決取消事由についての主張は争う。
審決の判断は、正当であって、審決には原告主張のような違法の点はない。
(一) 特許法第三六条第五項には、「第二項第四号の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と規定されており、ここに「発明の構成に欠くことができない事項」とは、その発明の目的を達成するため(技術的課題を解決するために)必要不可欠な技術的手段であり、その必要不可欠な技術的手段は、発明の詳細な説明に記載された発明の目的、構成、効果から把握されるものである。
ところで、本願発明の昭和四九年一〇月二一日付全文補正明細書には、「この発明は、焼付く恐れなく所望の到達圧力を得る高速回転の真空ポンプを得ることを目的としている。」(第二頁第一一行ないし第一三行)と記載されており、所望の到達圧力とは、「JIS原案による第三種の油回転真空ポンプ(高真空用)の到達圧力である1×10-3mmHg以下の圧力にするためには」(第七頁第二〇行ないし第八頁第二行)との記載及び別紙図面(一)第4図Bの1×10-3mmHgのところの横に点線が記載されているところからみて、10-3mmHg(トル)以下の圧力と解され、また、高速回転とは、「例えば……五〇〇rpmから一七五〇rpmまでの種々の回転速度で運転して」(第六頁第一三行ないし第一五行)、「五〇〇rpmは普通の真空ポンプの回転速度で、一七五〇rpmはモータ直結で使われる場合の高速回転速度である。」(同頁末行ないし第七頁第三行)との記載及び前記第4図A、Bに回転速度の上限として一七五〇rpmが記載されていることからみて、モータ直結回転をその代表的回転速度としているものと解され、更に、真空ポンプとは、発明の名称が「ゲーデ型油回転真空ポンプ」であり、「この発明は回転翼の比重が〇・八ないし五の範囲内にあることを特徴とするゲーデ型油回転真空ポンプに関する。」(第一頁第一一行ないし第一三行)と記載され、それ以後一貫してゲーデ型油回転真空ポンプについてだけ記載されていることからみて、ゲーデ型油回転真空ポンプと解される。したがって、本願発明の目的は、焼付く恐れなく10-3トル以下の到達圧力を得るモータ直結回転のゲーデ型油回転真空ポンプを得ることである。
そして、前記目的を達成するために必要不可欠な技術的手段は、前記第4図Aによれば、石油系の油の温度の連続使用最高温度が八〇度Cであること(第七頁第三行ないし第五行)から、Aの斜線を施した範囲のうち油温が八〇度C以下の部分、すなわち、モータ直結の場合翼の材料の比重が五(a点)以下のものしか使用できないこと、また、前記第4図Bによれば、到達圧力を1×10-3mmHg(トル)以下にしようとすると、モータ直結の場合、翼の材料の比重が〇・八(b点)以上にしなければならないことを総合すると、ゲーデ型油回転真空ポンプをモータ直結回転する場合、その翼の材料の比重を〇・八と五の間のものとすることである。
審決は、補正された特許請求の範囲から「10-3トル以上の高真空を得るための」なる文言を除いて、本願発明の要旨を「比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、モータ直結駆動の高速油回転ゲーデ型真空ポンプ」と認定したが、これは、前述の本願発明の目的を達成するために必要不可欠な手段、換言すれば本願発明の構成に欠くことのできない事項に当たる。
そして、「10-3トル以上の高真空を得るための」なる文言は、目的を表現した文言であるから、特許請求の範囲に記載することは適当でなく、また、仮にそれがJIS規格第三種の油回転真空ポンプに限定する趣旨の記載であるとしても、審決が認定した発明の要旨は、「10-3トル以上の高真空」を達成する真空ポンプすなわちJIS規格第三種の油回転真空ポンプであることを間接的に表現しているから、除かれた文言は、発明の構成に欠くことのできない事項に該当しない。
(二)(1) 原告は、本願発明と引用例記載のロータリーポンプとの構成上の相違点として、本願発明では潤滑の外にシール作用が重視されると主張しているが、このことは、技術文献(柴田英夫「真空ポンプ」第二七頁、第二八頁、上田良二「真空技術」第三五頁、持田隆「真空化学装置ガイドブック」第四五頁、第四六頁、日本機械学会編「機械工学便覧」第一〇―39頁の5・5・2の項、石井博「改訂真空技術」第一一〇頁4・2・1の項)に記載されているように、ゲーデ型油回転真空ポンプ自身が本来有している作用にすぎず、かつ、既によく知られていることにすぎない。
ゲーデ型油回転真空ポンプは、回転式真空ポンプに属しており、また、引用例記載のロータリーポンプにおいて、シリンダの内部に潤滑油を注入し、潤滑とシール効果を兼用させることは、普通に行われていることであり、かつ、ゲーデ型油回転真空ポンプと引用例記載の回転式真空ポンプはともに、(イ) ロータの中心にあるロータ回転軸がシリンダに偏心的で、ロータがシリンダ内壁と絶えず接触しながら回転すること、(ロ) ロータには二枚の翼がスプリングによって常にシリンダ内壁面に密着するように付勢されていることなどの構成上の共通点を有している以上、引用例記載の回転式真空ポンプもゲーデ型油回転真空ポンプも、シリンダ内部において同様の機能を有しているものである。
したがって、ゲーデ型油回転真空ポンプと引用例記載の回転式真空ポンプとは、右の技術的な共通点を有するものであるから、引用例記載の回転式真空ポンプに使用されている翼をゲーデ型油回転真空ポンプの翼に転用することは、当業者が容易に想到できるものである。
(2) 引用例記載の回転式真空ポンプも、本願発明と同様に、高速運転時における翼の回転による遠心力によって生ずるシリンダ面への翼の圧接力を如何にするかという技術的課題を有しており、しかも、そのために翼を軽量化している点も同じである。ただ、引用例記載の回転式真空ポンプは、翼を合成樹脂などで造り軽量にするだけでなく、尾翼にバランスウエイトを設けているものであるが、このバランスウエイトは、あくまでもポンプケーシング内面との圧接力を調節するためにつけたものであり、遠心力は回転数に依存して変化するものであるから、その使用回数に応じてバランスウエイトを取り除くかあるいは重くするか、又はスプリングによって調節するかは、当業者であれば容易に想到しうることである。しかも、引用例記載の回転式真空ポンプは、エンジンと直結して駆動させるように考えられたものであり、エンジンの一般的な回転数である二〇〇〇rpmないし三〇〇〇rpmで使用することを考慮して、単に羽根の軽量化だけでは摩擦の軽減には不十分であるため、バランスウエイトを設けて遠心力を更に弱めようと計ったものである。したがって、引用例記載の回転式真空ポンプは、本願発明より一段と高い回転数に対応できるように考えられたものであり、本願発明のような五〇〇rpmないし一七五〇rpmの範囲内では、単に翼の軽量化だけで十分に対応できうることは、当業者であれば、容易に予測できることである。そして、引用例には、回転式真空ポンプにおいて翼を合成樹脂で形成することが記載されており、この合成樹脂の比重が〇・九ないし二・二の材料であることから、合成樹脂の翼をゲーデ型油回転真空ポンプに使用することによって、本願発明と同様な効果が得られるものである。
第四証拠関係《省略》
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
(一) 本願発明の特許請求の範囲の記載が、「比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、10-3トル以上の高真空を得るためのモータ直結駆動の高速回転ゲーデ型真空ポンプ」であることは、当事者間に争いがない。
原告は、審決が右特許請求の範囲のうち「10-3トル以上の高真空を得るための」なる文言を除いて本願発明の要旨を認定したのは誤りであると主張する。
《証拠省略》によれば、本願発明は、「回転翼の比重が〇・八ないし五の範囲内にあることを特徴とするゲーデ型油回転真空ポンプに関する」(昭和四九年一〇月二一日付全文補正明細書第一頁第一一行ないし第一三行)ものであって、「焼付く恐れなく所望の到達圧力を得る高速回転の真空ポンプを得ることを目的としている」(同第二頁第一一行ないし第一三行)ところ、本願発明において、所望の到達圧力は、同明細書に、「JIS原案による第三種の油回転真空ポンプ(高真空用)の到達圧力である1×10-3mmHg以下の圧力にするためには(第4図の点b参照)比重が〇・八以上であることが必要であることが判る。」(第七頁第二〇行ないし第八頁第四行)と記載され、別紙図面(一)第4図Bには、点bは、到達圧力(縦軸)1×10-3mmHgと翼の比重(横軸)〇・八との交点として図示されていることからみて、10-3mmHgすなわち10-3トルより低い圧力を意味するものであり、《証拠省略》によれば、真空度測定の技術においては、10-3トルから10-7トルは高真空に区分されていることが認められ、これらを総合すると、本願発明は、焼付く恐れなく10-3トルより低い到達圧力を得る、換言すれば「10-3トル以上の高真空」を得るJIS規格第三種のゲーデ型油回転真空ポンプを得ることを技術的課題とすることが明らかである。そして、前掲各証拠によれば、本願発明は、焼付く恐れなく10-3トルより低い到達圧力を得るには、翼の材料の比重を小さくすることが重要な要素であるとし、ゲーデ型油回転真空ポンプを五〇〇rpmないし一七五〇rpmで運転した場合、別紙図面(一)第4図に示す実験結果からみて、翼の材料の比重の上限については、ポンプに使用する石油系の油が酸化分解を起さないで長期にわたって使用できる温度の最高限度が八〇度Cに制限されるので、比重を五以下とする必要があり(第4図Aの点a)、また、その下限については、比重が余りに小さいと到達圧力が制限を受けるので、10-3トルより低い圧力にするためには、比重を〇・八以上とする必要がある(第4図Bの点b)ことから、翼の材料の比重を〇・八ないし五の範囲に限定したものと認められる。
そうであれば、本願発明において、「10-3トル以上の高真空」を得ることは、本願発明におけるゲーデ型油回転真空ポンプが特定のもの、すなわち、JIS規格第三種のポンプであることを明確にする必須の構成要件をなすものであって、本願発明の要旨は、比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、10-3トル以上の高真空を得るモータ直結駆動のゲーデ型油回転真空ポンプにあるものというべきである。したがって、本願発明の特許請求の範囲における「10-3トル以上の高真空を得るための」なる文言は、「……ための」とする点において表現にやや適切さを欠くものがあるけれども、審決がこの文言をもって本願発明の真空ポンプの目的を記載したものであるとし、本願発明の要旨から除いたのは誤りといわなければならない。
被告は、審決が認定した本願発明の要旨は、10-3トル以上の高真空を達成する真空ポンプすなわちJIS規格第三種の油回転真空ポンプであることを間接的に表現していると主張するが、発明の技術的範囲を限定し明確にした事項が直接特許請求の範囲に記載されているに拘らず、これを直ちに目的であるとして、構成から除いてよいとすることはできない。
しかしながら、審決には、右に述べた本願発明の要旨の認定に不備があるけれども、審決は、本願発明の要旨を「比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、モータ直結駆動の高速油回転ゲーデ型真空ポンプ」と認定し、引用例記載の回転式真空ポンプと対比し、結局、本願発明は引用例に記載されたものから容易に発明をすることができるものと判断しているのであって、本願発明の要旨を、「比重が〇・八ないし五の材料よりなる翼を有し、10-3トル以上の高真空を得るモータ直結駆動のゲーデ型油回転真空ポンプ」と認定しても、これを引用例記載の回転式真空ポンプと対比して、審決と同一の理由により審決と同一の結論に達するならば、審決の要旨認定の誤りは審決の結論に何ら影響を及ぼさないというべきである。
(二) そこで、進んで、原告の主張する本願発明と引用例記載の回転式真空ポンプとの相違点に係る審決の判断の誤りの有無について検討する。
(1) 《証拠省略》によれば、本願発明の出願前真空ポンプの技術分野において、ゲーデ型油回転真空ポンプは普通に知られており、その翼の材料は鉄を主体とし、回転速度は五〇〇rpm程度であったこと、回転速度が五〇〇rpmであるならば鉄製(比重七・八六)翼で10-3トル以上の高真空を得られることが認められるから、このゲーデ型油回転真空ポンプは当然潤滑の外、羽根先端部や排気弁部でのシール作用をもつものであり、原告が本願発明で重視されると主張するシール作用は、本願発明に係る限度においては、一般の真空圧においては勿論、10-3トル以上の高真空においても、本願発明の出願前に公知のゲーデ型油回転真空ポンプにおいて解決済の課題である。
また、前掲各書証によれば、本願発明は、それが真空ポンプを高速回転にするに当って翼の材料の比重を重要な要素と考えているとしても、それに対応してシール作用をどのようにするかについてまで特定の具体的構成として工夫しているものではなく、10-3トル以上の高真空を得るに当って高速回転にする場合でも、シール作用については、高速回転にする以前のシール作用を襲用しているにすぎないことが認められる。一方、《証拠省略》によれば、引用例記載のロータリーポンプも、真空ポンプに実施することができるものであり、ゲーデ型油回転真空ポンプと同様に回転する翼をもったものであること、そして、このポンプを高速回転する場合においても、程度の差こそあれ高速回転にする以前のシール作用を襲用していることが認められ、本願発明と引用例記載の回転式真空ポンプとは、その構成及び作用効果に著しい相違があるとはいえず、しかも、両者が技術的課題を共通にすることは後記(2)のとおりであって、この点についての原告の主張は理由がない。
(2) 本願発明における技術的課題の解決手段は、10-3トル以上の高真空を達成する高速回転のゲーデ型油回転真空ポンプを得るにあたり、翼の材料の比重を小さくすることを重要な要素と考えてされたものであることは、前述のとおりである。
しかしながら、《証拠省略》によれば、引用例には、「一般にロータリーポンプは、ロータをポンプケーシング内に偏心位置に置かれているためロータ内に装置した羽根はロータの回転につれて大なる遠心力を受ける。したがって、羽根の先端はポンプケーシング内面を強く摺り、これがため非常な摩擦抵抗を生じ動力を消耗した送風能力を低下させるため、強力な送風を行うことができない。本発明は、これに鑑みてなしたものである。」、「前記羽根は軽量にするため合成樹脂等をもって造り」と記載されていることからも明らかなとおり、引用例記載の回転式真空ポンプにおいても、翼(羽根)が回転による遠心力を受け、これによって生ずるシリンダ面(ポンプケーシング内面)への翼の圧接力を軽減することを技術的課題とし、その解決のために翼を合成樹脂などで造り、これを軽量化しているものであって、この点においては、本願発明がシリンダ面を押す翼の遠心力による押圧力を適度の大きさに軽減するために翼の材料の比重に着目し、これを〇・八ないし五の範囲に限定したことと何ら異なるところがない。
原告は、引用例記載のロータリーポンプでは、羽根に尾翼を連設してこれにバランスウエイトを装着させている点で、本願発明とは技術的手段を異にすると主張するが、《証拠省略》によれば、バランスウエイトはポンプケーシング内面と翼との圧接力を調節するために装着されたものであり、一方、翼の材料の比重の選定範囲に上限と下限があることは、翼の真空ポンプにおける役割に徴し当然のことであるし、また、翼の材料の比重ないしバランスウエイトの程度をどのようなものとするかは、要求される程度によって当業者が適宜選択して定めるべきことであり、その場合、引用例記載の回転真空ポンプで用いられる比重〇・九ないし二・二の合成樹脂(合成樹脂の比重が〇・九ないし二・二であることは当事者間に争いがない。)の翼をゲーデ型油回転真空ポンプに使用することに格別の困難は存せず、また、これにより本願発明における作用効果を奏することができるから、翼の材料の比重についての原告の主張は採用することができない。
(三) 以上のとおり、本願発明と引用例記載の回転式真空ポンプとの相違点については、後者における翼を合成樹脂で形成するという技術的手段を前者のゲーデ型油回転真空ポンプに転用することは当業者にとって容易にしうる程度のものであり、それにより格別の作用効果を奏するものとも認められないから、本願発明は引用例記載の回転式真空ポンプから容易に発明をすることができるものとした審決の判断は正当であり、審決には、結局、これを取消すべき違法はないというに帰する。
3 よって、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 竹田稔 水野武)
<以下省略>